幼馴染
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私には幼稚園前から友達の幼馴染が2人います。








そのうちの1人がマオ。

マオとは幼稚園も一緒、小学校も一緒。
私が小学校の途中で転校しちゃって一度は悲しい別れをしたんだけど

なんとその数ヵ月後には偶然にも私の家の近所にマオも引っ越してきて・・
転校先の学校でも同じクラスになるという偶然・・・と言うより、運命のような幼馴染。

マオは一人っ子で私は3人兄弟。
マオは兄弟が多い私を羨ましがり、私は一人っ子に憧れていたので
しょっちゅうお互いの家に泊まりに行っていました。

毎年夏休みにはもう一人の幼馴染の別荘がある伊豆へ、3家族で必ず旅行に行き
幼稚園前からずっとずっと家族ぐるみでのお付合い。

マオのお父さん・お母さんにも本当の子供のように可愛がってもらい、私もマオの家族は自分の家族のように思っていました。

『遠くの親戚より近くの他人』という言葉通り、困ったことがあればお互いすぐに駆けつける、
そんな間柄でした。

小学校・中学校ではマオと私は同じブラスバンド部に入り、互いに部活に励み、楽しい思い出が沢山あります。

高校からは別々になり・・・やがてお互い社会人になり、結婚し家庭を持ち、だんだん疎遠に。

それでも時々会って近況報告をしたり電話で話したり、最近では何かあるとメールでやり取りしていました。

欠かしていなかったのが年賀状のやり取り。

今年ももちろんマオに年賀状を送ったんだけど、いつになってもマオからの年賀状は届かず。

どうしたんだろう???すごくすごく気になり、そろそろメールをしようと思っていた矢先。

マオから葉書が届きました。

そこにはとても悲しい報告が・・・
マオのお父さんが昨年の5月に白血病で他界したとのこと。

なんで?なんで?・・・って思いばかりで頭が真っ白になり、葉書を持ったまま声を出して泣いてしまいました。

おじちゃんは昨年の3月に体調を崩し、病院へ行ったところそのまま入院となり
1ヵ月後にはICUに入り、あっという間に逝ってしまったそう。

享年65歳。若すぎます。

マオと一緒に遊園地や東京タワーなど色んなところへ連れて行ってくれたおじちゃん。
私の母が風邪を引いたときは、私の弟を乳母車に乗せて幼稚園まで迎えに来てくれたおじちゃん。
自慢の8ミリで、マオの成長と一緒に私の成長も撮ってくれたおじちゃん。
大島育ちのおじちゃんは泳ぎも得意で、夏にはたくさん海へ連れて行ってくれました。
クラシック音楽が大好きで、犬が大好きでいつもリビングで犬と一緒にレコードを聞いていたおじちゃん。

後から後から思い出が溢れてきます。

最後に会ったのはマオの結婚式。10年以上前です。
披露宴の司会をしていた私のところへ来て・・・

『みーちゃん、後でマイクでこれ読んでくれる?』と、封筒を手渡されました。
そこには一人娘マオへの贈る言葉が書かれていました。

その時のちょっと照れたように笑ったおじちゃんの顔、今でも忘れられません。

感情が入りすぎて、こんなの読めるわけないじゃん。泣いちゃうよ・・・
想像通り、嗚咽状態で泣きながら顔をグシャグシャにして、おじちゃんからの手紙を読み上げたのを覚えています。


おじちゃんが亡くなったことを知った直後は悲しみばかりでしたが
数日経った今は、後悔ばかり・・・

なんでもっと頻繁に連絡を取らなかったんだろう。
もっとマメに連絡をしてたら、おじちゃんにちゃんとお別れ出来たかも知れない。
だって、おじちゃんに1つもこれまでのお礼を言ってないよ、私。
大変な思いをいていたマオにも励ましの言葉1つ掛けられなかった。

マオからの葉書には、心配を掛けたくなかったのと、あまりに突然の出来事で
その後も大変なことが沢山あり、報告が遅くなったと書かれていました。

入院中、家に帰りたがっていたおじちゃんの気持ちを尊重し、世間の常識にはとらわれず
今でもお骨は家にあるとのこと。。。

近々おじちゃんに会いに行き、私の非礼を詫びてこようと思います。

そして、心からありがとうって伝えてこよう。



今年は気になっている人、久しく会っていない人、会いたいなと思っている人・・・
どんどん連絡を取ろう。会いに行こう。

人との縁、絆、大切にしよう。感謝しよう。後悔しないように。



そんなことを感じた年明けでした。
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by kan_mom | 2009-01-16 23:34 | ■かんママのつぶやき
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